角層の分子構造や薬剤成分の皮ふ透過性におよぼすエタノールの影響

角層の分子構造や薬剤成分の皮ふ透過性におよぼすエタノールの影響

もっと詳しく知りたい方へ

はじめに

角層の構造

皮ふには、「外部の刺激を侵入させない」、「体内からの水分蒸散を防ぐ」役割があります。
これらの役割は「バリア機能」といわれ、皮ふの中でも特に重要な働きを担っているのが最外層の『角層』です。そして、このバリア機能は「角層の構造」によって保持されています(イメージ図1)。

角層の構造のイメージ

角層は、角層細胞と細胞間脂質から構成されます。角層をレンガ塀に例えると、レンガ(=角層細胞)同士の間を埋めるセメントが細胞間脂質です。また細胞間脂質は、ラメラとよばれる油層と水層を繰り返す構造体でバリア機能の一端を担っています。

皮ふへの薬剤成分の浸透

外用薬が効果を発揮するには、このようなバリア機能をもつ角層に薬剤成分を浸透させる必要があります(イメージ図2) 。

外用薬の薬剤成分が皮ふに浸透して効果を発揮する仕組み ①外用薬中の薬剤成分が角層へ移行(分配) ②角層の中で広がる(拡散) ③角層から以下、それぞれの組織で分配・拡散 外用薬を塗って、患部組織に薬剤成分が届くため(③)には、薬剤成分が角層へ移行し(分配①)、角層内で広がること(拡散②)が最大の関門であり、外用薬の基剤や剤形が薬剤成分の皮ふ浸透に大きな影響を与えます。 「分配」と「拡散」が薬剤成分の「浸透性」に関わるんだね

研究の背景

外用薬には様々な剤形がありますが、どのような剤形であっても薬効は、薬剤成分が皮ふに浸透することで初めて発揮されます(イメージ図2)。

外用薬の中でも液剤は、早く効きそうなイメージを有する剤形で、基剤にはエタノールが多く用いられています。また、エタノールは薬剤成分の皮ふ浸透性を促進することも古くから知られています。
しかし、その詳細なメカニズムは解明されていません。そこで、エタノールを皮ふに適用した際の薬剤成分の浸透性への影響を解析し、皮ふの最大のバリアである角層の構造への影響について研究を行いました。

研究の概要

①エタノールを適用した皮ふにおける、
水溶性化合物と脂溶性化合物の浸透性を比較検討

化合物の性質により、エタノールを適用した皮ふへの浸透性に違いがあるのか確認しました。

②皮ふにエタノールを適用したときの角層の構造の変化を放射光X線技術で解析

薬剤成分の皮ふ浸透における最大のバリアである角層が、エタノール処理により、どのような影響を受けているかを確認するため分子レベルで構造解析できる放射光X線の技術を用いました。

皮ふ透過性の試験方法

 皮ふへの薬剤成分「浸透性」は、専門的には「透過性」と表すよ
皮ふ透過性の試験方法のイメージ
あらかじめ皮ふにエタノールを適用することにより薬剤成分の皮ふ透過性はどうなるかな?

①エタノールを適用した皮ふにおける、水溶性化合物と脂溶性化合物の透過性を比較検討

水溶性化合物(FD-4)と脂溶性化合物(ISDN)のそれぞれにおいて、エタノール処理をした皮ふへの透過性を確認しました。
皮ふ透過性試験の結果から、分配と拡散のしやすさはそれぞれ係数として算出でき、両係数の積が大きいほど「透過性が高い」ことを示します。

グラフ1:化合物の皮ふ透過性に及ぼすエタノール濃度の影響

皮ふ移行のしやすさ(分配係数)

皮ふ中の拡散のしやすさ(拡散係数)

a) 水溶性化合物(FD-4)のエタノール処理皮ふへの透過性:皮ふ中の拡散(●)に影響せず、皮ふ移行(分配(〇))に影響があることが確認された

b) 脂溶性化合物(ISDN)のエタノール処理皮ふへの透過性:皮ふ移行(分配(〇))および皮ふ中の拡散(●)への影響は確認されなかった

Biochem Biophys Acta 2015 一部改変

  • 化合物の性質によって、エタノールを適用した皮ふへの透過性に影響があるものと、ないものがあった。
  • 皮ふ透過性に影響があった水溶性化合物においては、エタノールの濃度依存的な変化ではなく、透過しやすい濃度があることが確認された。
エタノール濃度が高いほど、薬剤成分が皮ふに透過しやすいわけではないんだね

②皮ふにエタノールを適用したときの角層の構造の変化を放射光X線技術で解析

薬剤成分が皮ふを透過するにあたり、最も大きな関門となるのが皮ふ最外層にある角層です。エタノールが皮ふに適用されたときの角層の構造変化を詳細に解析できれば、エタノールが薬物の皮ふ透過性を変化させるメカニズム解明のきっかけになります。そこで、エタノールを適用した皮ふに放射光X線※1を照射し、角層の構造を確認しました。

  • ※1 「SPring-8(※2)」にある世界最高性能の放射光X線を用いたことにより、皮ふ構造を分子レベルまで解析できました。
病院などで使われるX線源では、X線の強度が弱すぎて分子レベルの解析ができないんだね

角層の構造に及ぼすエタノールの影響

今回、放射光X線技術を利用した実験により、エタノールはラメラ構造(イメージ図4)に影響を与えることがわかりました。

ラメラ構造のイメージ

イメージ図1で示した細胞間脂質のラメラ構造には、「長周期ラメラ構造」と「短周期ラメラ構造」の2種類があります。長周期ラメラ構造では、層の間に水分がなく、短周期ラメラ構造では、層の間に水分を保持しています。

短周期ラメラ構造

Biochim Biophys Acta 2015 Graphical abstractより改変

長周期ラメラ構造には影響を及ぼさず、短周期ラメラ構造では構造が変化する極大・極小ピークがみられた

さらに2種類のラメラ構造のうち、エタノールの影響は短周期ラメラ構造にのみ認められました。短周期ラメラは層の間に水分が存在するため、その水層に入り込んだエタノールがラメラ構造を変化させることが示唆されました(イメージ図5)。
また、ラメラ構造はエタノール濃度にしたがって一様に変化するのではなく、最も変化する濃度があることもわかりました(グラフ2)。

  • 皮ふのエタノール適用において特徴的な影響を受けたのは角層(細胞間脂質)中の短周期ラメラ構造であった。

研究のまとめ

  • 皮ふ透過性を促進するといわれるエタノールを適用した皮ふにおいて、水溶性化合物と脂溶性化合物の皮ふ透過性の促進傾向は異なりました。水溶性化合物においては、エタノール濃度によって皮ふ透過性が変化することが確認されました。
  • 放射光X線による角層の構造の解析により、皮ふにエタノールを適用すると細胞間脂質中の水を保持しているタイプのラメラ構造が変化することと、そのラメラ構造の変化はエタノール濃度依存ではなく、最も変化させる濃度があることが確認されました。

本研究により、エタノールを適用した皮ふにおける水溶性化合物の皮ふ透過性の変化には、水溶性化合物が透過する角層の構造の変化によって、皮ふへの分配性が変化することが大きく関わっていると考えられました。

エタノール濃度と皮ふのバリア構造の変化の関係性に分子レベルで着目したのは世界初なんだ!

今後の展望

エタノールは、液体の外用薬から化粧品、消毒など、幅広い用途で皮ふに使われる成分です。どのような症状に、どのような成分を、どこで効かせたいのかをふまえた処方を設計するには、エタノールの皮ふへの影響を理解することが重要です。
特に本研究で得られたエタノール適用による、皮ふ透過性の変化や皮ふバリア構造変化の関係についての知見は、更なる技術発展のきっかけとなる情報と考えます。
さらに、今後の外用剤の開発において、有効性と安全性のバランスを考える情報としても活用していきます。

key word

  • 皮ふ透過性
  • エタノール
  • 角層の構造(ラメラ構造)
  • 放射光X線
ページトップに戻る