鎮痒剤クロタミトンの標的分子の同定および作用メカニズムの解明
研究の背景
クロタミトンは、長い間かゆみ止めとして使われている成分ですが、かゆみを抑える詳細な作用機序は不明でした。一方で、皮膚や神経で温度のセンサーとして働く TRPチャネル※というタンパク質が、かゆみに関わることが分かってきました。
そこで本研究では、クロタミトンがTRPチャネルに作用している可能性に着目し、クロタミトンの止痒メカニズムの解明を行いました。
※ TRPチャネル
温度感受性TRPチャネルは、熱い・冷たいという温度をキャッチするセンサーとして発見されたタンパク質で、主に皮膚や神経に発現しています。異なる温度で活性化されて熱い冷たいと感じるだけではなく、一部のTRPチャネルが痛みやかゆみにも関わっていることが解明されています。
TRPチャネルと感覚
温度やかゆみなど私たちの感覚は、受けた刺激が電気信号に変換され、その電気信号が神経細胞を伝わって脳に届くことで起こります。
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1外部から刺激を受けると(受容)
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2TRPチャネルが開き、プラスのイオンが入り(電気信号への変換)
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3電気信号が流れ(伝達)
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4脳に温度やかゆみなどの情報が伝わる(感覚認知)
TRPチャネルの一つであるTRPV1はトウガラシの辛味成分であるカプサイシンの受容体として発見されました。トウガラシを食べて口の中がヒリヒリする「辛い」感覚が「熱い」に良く似た感覚であることに注目し、研究が進められました。その結果、TPRV1はカプサイシンが存在しなくても「熱」にも反応することが発見されたのです。この発見は私たちの身体が温度を感じる仕組みの解明に繋がっています。「辛い」と「熱い」は英語ではどちらも"Hot"と表現されますが、実際に同じメカニズムで感知されていたのです!
また、TRPM8というTRPチャネルはミントの成分であるメントールで活性化され「冷たさ」を伝えています。「ムヒシリーズ」を塗った時に感じるスーっとする清涼感もこのTRPM8によるものだと考えられています。
研究の概要
クロタミトンのTRPチャネルに対する働き
TRPチャネル活性化(電気信号化)の観察
クロタミトンのTRPチャネルへの影響
皮膚や神経にあるTRPチャネルのうち、TRPA1、TRPM8、TRPV1,TRPV2、TRPV3、TRPV4の6つのチャネルに対するクロタミトンの作用を検討しました。
これらの検討のうち、TRPV4活性化剤で流れた電流は、クロタミトンを加えると大きく抑制されました。クロタミトンがTRPV4チャネルの活性化を阻害したことで、電流の流れが小さくなったと考えられます。
TRPV4のかゆみへの関与とクロタミトンの作用
TRPV4活性化剤で、掻き動作の回数が濃度依存的に増えることを確認できた。
TRPV4活性化剤による掻き動作が、クロタミトンの塗布により抑えられることが確認できた。
Pain Research 2018 一部改訂
まとめ
クロタミトンは、かゆみに関わるセンサーとして知られているTRPV4の活性化を抑制することにより、かゆみを止めていると考えられます。
今後の展望
このような作用メカニズムを解明することは、より効果的なかゆみ止め薬を作っていく上で重要な情報であると考えられます。
今回紹介した研究内容は、TRPチャネル研究の第一人者である富永真琴先生※との共同研究により解明したものです。富永先生が著者の一人である論文(The capsaicin receptor: a heat-activated ion channel in the pain pathway. Nature 1997., The cloned capsaicin receptor integrates multiple pain-producing stimuli. Neuron 1998.)は、2021年ノーベル医学・生理学賞「温度と触覚の受容体の発見」(David Julius(デイヴィット・ジュリアス)氏)の関連論文(key publications)に選ばれています。
※富永真琴先生の所属(2022年)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構
生命創成探究センター 温度生物学研究グループ
生理学研究所 生体機能調節研究領域 細胞生理研究部門
key word
- クロタミトン(成分)
- かゆみ(症状)
- TRPV4(作用点)